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病理医の仕事「病理医がみているもの」(平成28年7月号より)

病理医は病理診断を専門とする医者です。大学や研究所といった施設だけではなく、身近な一般病院にも病理医が常勤として働いている施設は数多くあります。一般病院に勤務する病理医は、日々の診療に携わる業務を行っています。内視鏡検査を受けてから「がん」が診断されるに至るまでを例にとって、病理医の役割を簡単に説明します。

まずは、医師が消化管内視鏡検査(胃カメラ、大腸カメラ)で病変を見つけその部分から一部組織を採取します。採取された組織は専門の知識と技術を有する臨床検査技師の手により顕微鏡で観察できる状態に処理され、組織標本となります。

組織標本(写真)

組織標本(写真)
(大きさ:7.5 x 2.5 cm)

病理医はこの組織標本を顕微鏡で観察し、細胞の形や並び方を見て病気の良悪(がんであるかどうか)を判断します。また手術で切除された大腸や肺といった大きな臓器では良悪だけでなく病気の広がりも判断します。

写真は当院で実際に大腸がん手術を受けた患者さんの組織標本です。約20年前の標本ですが、組織標本は大変保存性が良いため、数十年前のものでも当時とほぼ同じ状態のまま顕微鏡で観察することができます。この保存性の良さを活かして、がんが再発した場合に過去の病理診断を振り返ってみることや、珍しい病気の場合は他の患者さんの組織標本と比較して診断を確認したりすることができます。

ちなみに、この組織標本から患者さんの姿を思い描くことができるでしょうか?

顕微鏡で撮影した組織

顕微鏡で撮影した組織

私にはこの患者さんの当時の姿や入院中の様子、そして周りを囲む家族の姿を手に取るように思い描くことができます。それは私が病理医であるからではなく、この大腸がん患者が私の祖母だからです。病理医である私には普段目にしている組織標本から患者さんの姿を思い描くことはできません。けれども、この標本の向こうに約20年前の私の祖母、そしてその家族であった私自身がいるように、標本の向こうには患者さん、そしてその家族の方々がいることを思いつつ、日々の病理診断を行っています。

病理は病気の有無の判断だけではなく、治療薬の選択にも役立っています。近年実用化された新しい種類の抗がん剤では、がんと診断した組織に試薬を反応させ、その反応の強弱を顕微鏡でみることで、抗がん剤の効果を予測しています。具体例について次項にて実際に当院で乳がん診療に携わる医師より紹介いたします。

臨床検査科医長 都地友紘

「乳がんの診療と病理検査」

乳がんの診療では、まず乳房に存在する病変が良性のものなのか、悪性(つまり乳がん)なのかを決定するのに病理検査が絶対に必要になります。マンモグラフィや超音波検査などの画像の検査で、乳がんを疑う場合や、良性と考えられても乳がんを否定しておきたいときに、針生検といって病変に針を刺して病変の組織を一部採取し、病理検査に提出します。多くは針生検で診断がつきますが、中には良性と悪性の判断が非常に難しい病変もあり、免疫組織染色といって特殊な試薬で病理検査を行います。それでも診断が難しい場合もあり、そのような時は手術で病変を摘出して再度検査に出すこともあります。

乳がんと診断された場合は、多くの場合は手術に加えて、手術後の再発の可能性を減らすために薬物治療を行います。この時に、どのような薬を使うかを免疫組織染色を用いた病理検査で調べます。エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2(ハーツーといいます)、Ki67(がん細胞の増殖能の指標とされます)の4項目の検査を行うことが多いです。ERとPgRが発現している(検査結果が陽性、プラス)乳がんの場合は、薬としては女性ホルモンを抑制するような薬(ホルモン剤と言われます)を術後に使用します。HER2が発現しているタイプの乳がんに対しては、このタイプにのみ効果のあるハーセプチンという薬と、いわゆる抗がん剤を使用します。ER、PgR、HER2の3つ全てが発現していない(陰性、マイナス)タイプの乳がんは(トリプルネガティブと言われます)、ホルモン剤もハーセプチンも効果がないため、いわゆる抗がん剤のみを使用します。

このような病理検査結果に基づく薬の選択は、残念ながら再発してしまった場合の治療にも利用されます。ホルモン剤が効く可能性のあるタイプの場合は、がんの状態が比較的安定していて命に危険がせまっていない状態の場合は、ホルモン剤から治療を開始することもあります。HER2が陽性のタイプは、再発後もハーセプチンを治療の中心として使用していきます。

このように乳がんの診療に病理検査は切っても切れない重要なものなのです。

イメージ

 外科医長 大多和泰幸