鼠径部そけいぶヘルニア(鼠径そけいヘルニア、大腿だいたいヘルニア)

鼠径部そけいぶヘルニアとは

 足のつけ根あたりを鼠径部そけいぶといいます。お腹の中の胃や腸などの大事な臓器を守るお腹の壁(腹壁)を構成する組織(主に筋肉・筋膜などのしっかりした組織)が弱くなってしまったり、血管などが貫通する周囲の組織が弱くなってしまうことがあります。
 こうなってしまうと、立ったり力を入れたときにかかるお腹の圧力(腹圧)を支えきれなくなり、腸などの内臓が外側へ押し出されて皮膚側に膨らむ状態になってしまうことがあります。鼠径部でこのような状態を起こしたものが、鼠径部ヘルニアです。脱出する場所の違いによって、外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアに分類されます。

ヘルニア ヘルニア

日本ヘルニア学会HPより引用

鼠径部ヘルニアの症状

 症状としては、鼠径部の膨らみ(膨隆ぼうりゅう)、違和感、痛みなどがあります。
 膨隆も、立っただけですぐに膨隆するもの、力んだりすると膨隆するもの、長時間立ったままでいると膨隆するものなど様々です。
 また、仰向けに寝ると自然と元に戻るもの、自分で少し圧迫すると戻るもの、圧迫しても戻らないものなどがあります。

 頻度は高くありませんが、嵌頓かんとんといって、腸などの臓器が脱出したままで戻らなくなり、締め付けられ血流が悪い状態になってしまうことがあります。この場合、多くは強い痛み、嘔気嘔吐などの腸閉塞の症状を伴います。このような状態が持続すると、腸が破れてしまうなどの重大な状態になってしまうので、緊急での処置(用手的な整復や緊急手術)が必要になってしまいます。

鼠径部ヘルニアの治療方法

 弱くなってしまった組織は自然には治らず、トレーニングで鍛えても治りませんし、治す薬もありません。治療方法は手術のみです。

 手術は、周囲を剝がしていき、脱出の原因となっている弱くなった場所を確認し、その部分を補強します。腹膜炎など手術部位に感染を起こしている場合などを除いて、基本的にはメッシュという人工の補強材を用いて補強します。
 メッシュは網戸の網のような細かい目があいた薄い膜状のもので、体内で溶けない素材でできています。  手術の術式、使用するメッシュは様々なものがあります。
 術式としては鼠径部を切開する手術と、腹腔鏡を用いた手術とがあります。

手術方法決定の前に

 まずは現在の体の状態をしっかり把握することが大事になります。
 現在の日常の活動、今までの病気や現在治療中の病気、服用中の薬、アレルギーの有無などをしっかり問診で確認します。
 また、血液検査、呼吸状態や心臓機能の検査を行います。特に心肺機能や以前の腹部の手術歴などは、麻酔方法、手術方法決定に大きく関係します。

当院での手術方針について

 腹腔鏡下鼠経ふくくうきょうかそけいヘルニア手術は、鼠径部を切開する術式と比較して手術時間は長くなりますが、術後の痛みは比較的軽いことが多く、痛みが長く残ってしまう慢性疼痛とうつうの頻度が少ないとされています。
 このため当院では、全身麻酔が可能な状態であれば、腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術を第一選択として行っています。 全身麻酔が可能でも、以前の腹部の手術歴(特に前立腺全摘手術)によっては、腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術が困難な場合があります。
 また、心肺機能が非常に低下しているなど全身の状態があまり良くなく全身麻酔を行う危険性が高いような場合も、腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術が困難です。そのような場合は、鼠径部を切開する術式を行うようにしています。

 若年成人でヘルニアが小さい場合は、あえてメッシュを用いずに、鼠径部切開で自分の組織を縫い寄せる方法のみ行う場合もあります。
 なお当院では、小児の鼠経ヘルニア手術は行っておりません。

当院で行っている腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術について

 腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術には、内臓のある腹腔内に入らず腹壁の筋組織と筋組織との間や、筋組織と腹膜の間を剥がしていくTEP法(totally extraperitoneal repair)と、一旦腹腔内に入ってから腹膜と筋組織の間を剥がしていくTAPP法(transabdominal preperitoneal repair)とがあります。

TEP法(totally extraperitoneal repair)<当院で主に行っている術式>

TAPP法(transabdominal preperitoneal repair)

日本ヘルニア学会HPより引用

 当院では主としてTEP法による手術を行っています。
 まずへそそのものを縦方向に切開したり、臍の横のしわに沿って皮膚を切開したりします。

 以前の手術による傷がある場合は、それに応じて切開部位を変更しています。そこから腹直筋という筋肉の裏側に入って、筋肉と筋膜の間を腹腔鏡で観察しながら剥がしていきます。
 臍の5㎝ほど下側にも皮膚切開を行って、この2か所の傷で手術を進めていきます。ヘルニアの原因となっている部位まで到達し、脱出している周囲の脂肪やヘルニア嚢(袋状に脱出した腹膜)を引き抜いたり途中で切断します。周囲を広く剥がして、外鼠径ヘルニア・内鼠径ヘルニア・大腿ヘルニアが起こる全ての部位をメッシュで覆うように配置して固定します。

 脱出している臓器や脂肪組織などが戻らない場合や、非常に大きなヘルニア、以前の手術による癒着などで、TEP法が難しい場合もあります。そのような場合は、途中からTAPP法に変更したり、最初からTAPP法を選択する場合もあります。また、鼠径部切開による術式に途中から変更することもあります。

手術の合併症

出血・血腫
 多くは自然に止血、吸収されますが、激しい場合は止血手術が必要な場合があります。

漿液腫しょうえきしゅ
 手術で剥がした部位に周囲組織から染み出した液体が貯留することで、元々のヘルニアの部位が膨らむようになります。
 早期の再発とまぎらわしいことがありますが、多くは自然に吸収されていきます。元々のヘルニアが非常に大きい場合などは一部吸収されずに、しこりのように残ることもあります。

感染
 発生頻度は低いですが、一旦メッシュそのものに感染してしまうと、抗菌薬投与や切開・洗浄のみでは治らず、最終的にメッシュを除去する手術が必要になる場合があります。
 感染リスク低下のため、術前禁煙を指示しています。また、糖尿病のコントロールが不良の場合は、ある程度コントロールが良くなってから手術するようにしています。

痛み・しびれ
 個人差がありますが、多くは鎮痛剤で対応可能であり、退院時も次回診察時まで鎮痛剤を処方しています。術後3か月の時点で存在し、6か月以上持続する痛みを慢性疼痛とうつうといい、処置が必要な場合があります。
 慢性疼痛は、鼠径部切開と比較して、腹腔鏡手術の方が頻度が低いとされます。

再発
 数%の割合で再発が起こるとされています。メッシュの位置がずれたり、めくれてしまうことで早期再発が起こることがあります。
 また、時間とともにメッシュが収縮することによってカバーできなくなった部位から再発することがあります。

 頻度は低いですが、術中の操作に伴う腸や膀胱、血管、輸精管(男性のみ)などの損傷、術後癒着による腸閉塞などがあります。


腹腔鏡下鼠経ヘルニア手術件数

60
50
40
30
20
10
0







21

37

37

48

41

2017年度
2018年度
2019年度
2020年度
2021年度

中国中央病院